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素人と玄人と

アマチュアがパソコンで作った音楽には,どこか素人臭さがある。
自分の作った曲の素人臭さが嫌になって,ぼくは作曲をしなくなった。
 
素人臭さ,なんて主観でしかないんだけれど,ひとつひとつの音に詰まっている空疎さ,と言うべきか,パッと聴いてすぐわかる違和感,とでも書けばよいのか。手抜き感というか,安っぽさというか,それを表現するためにひねり出されるあらゆる言葉自体が安っぽい罵倒になってしまうような,なんともいえないチープさを感じてしまう。「プロ」に言わせれば,プラグインの使い方がなってないとか,文字通り安いソフトシンセしか使っていないとか,コード進行のセオリーからはずれているとか,そういう批判が出てくるのだろう。でもぼくは,残念ながらそういう要素ごとの未熟さに気づけているわけじゃない。ボトムアップ的な総合評価として「素人臭い」と表現しているのではなくて,できあがった楽曲を聴いて,「総体としてダサいよね」という感じなのである。
 
7年ほど前に数万円の機材を買ってデスクトップミュージックを始めてみたものの,たいした勉強もせず見よう見真似で出来上がった曲は,こじんまりしたものばかりだった。そして,インターネットを徘徊して,日本中の素人様がお作りになった楽曲を聴いていくうちに,パッと聴いて違和感のない曲を生み出すためには,お金で買える「プロっぽさ」をある程度まとわないとハナシにならない,とまで思うようになった。そこに至ってぼくはこのくだらない課金ゲームから足を洗った。
 
足を洗った。
 
素人である自分の作った曲の素人臭さが嫌になって,作曲をしなくなる,というのはすごく悲しいことだと思う。自分に勝手に「素人性」なるものを見出して,でも自分の中のそれを認めたくないがために作曲自体をやめた。素人でありたくない,素人として見られたくない,という気持ちが良くないとかいう卑しい話ではなくて,最初はみんな素人なんだから気にしないほうがよい,とかいう道徳的な話でもなくて,ぼくの未来のすみっこに無音のブラックホールができてしまったような,ぼんやりとした悲しさを覚えた,というのを素人臭い文章で書いてみた。
 
文章の素人臭さ,なんてね。ぼくは文章を書かなくなるのだろうか。嫌になって。